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***「ぶつぶつ」って10回言ってごらん 「つぶ」になるから***
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「我輩は猫である」の謎











『吾輩は猫である』は、謎に満ち満ちた作品である。
猫の吾輩はなぜ読心術を使えるのか、
苦沙弥先生はなぜ胃弱の健康オタクなのか、
奥さんはなぜハゲなのか―。
これらの謎解きを試みたとき、おなじみの名作は、思いがけなくもまったく新しい表情をみせた。
一見、瑣末とも思われる数多のエピソードに託された漱石の本音と心意気に光を当てた、
「漱石研究本」のイメージを覆す傑作オマージュ。

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生まれ変わりたいと思うことだけが生きがいの人間にとっては、
自分の国も家庭も必要でない。
16歳の少年我利馬は貧しさで身動きならない生活に訣別すべく、
独力でヨットを作ることを決意した。
試行錯誤の末にヨットは完成し、彼は船出した。
嵐に巻き込まれ漂着した不思議な国で、
我利馬はやさしさに満ちた人々を知った---
真の自立を求め苦闘する少年の姿を描く、希望と再生の物語。

--- 文庫本カバーより ---




久し振りに夢中で一気に読んだ。
けど
その続きが欲しかったな。
終わり方がわたしにはちょいと不完全燃焼だった。
ガリバーが家に残してきた病気のお母さんや二人の弟たちは?
だれでものおっちゃんは?って。
でも
自分の尺度で他人の心は計れないからなぁ
色々な考えや感じ方があるんだよなぁ
などと改めて思った作品でした。
御馳走帖











朝はミルクにビスケット、昼はもり蕎麦、
夜は山海の珍味に舌鼓をうつ、
ご存じ食いしん坊百閒先生が、
幼年時代の思い出から戦中の窮乏生活、
また知友と共にした食膳の楽しみに至るまで、
食味の数々を愉快に綴った名随筆

--- 文庫本カバーより ---



素直に読めばあの時代にすごーいって感じだけど、
へえ面白いって感じだけど、
価値観があまりにも違いすぎて、
このくそじじいと何度思った事か。
笑ってしまうようなところも確かにあった。
でもそれはどこ?と聞かれても
記憶に残ってなくて
感覚だけの感想しか出てこない。苦笑。
ノラや











ふとした縁で家で育てながら、
ある日庭の繁みから消えてしまった野良猫のノラ。
ついで居つきながらも病死した迷い猫のクルツ---
愛猫さがしに英文広告まで作り、
「ノラやお前はどこへ行ってしまったのか」
と涙堰きあえず、
垂死の猫に毎日来診を乞い、
一喜一憂する老百閒先生の、
あわれにもおかしく、
情愛と機知とに満ちた愉快な連作14篇。

--- 文庫本カバーより ---



「くうや お前はどこへいってしまったのか」
なんてことになった時の事を想像すると
百閒先生の心情が良く分かるし理解できます。
我輩は猫である











中学教師苦紗弥先生の書斎に集まる
明治の俗物紳士たちの語る
珍談・奇譚、小事件の数かずを、
先生の家に迷いこんで飼われている猫の眼から 風刺的に描いた、漱石最初の長編小説。
江戸落語の笑いの文体と、
英国の男性社交界の皮肉な雰囲気と、
漱石の英文学の教養とが渾然一体となり、
作者の饒舌の才能が遺憾なく発揮された、
痛烈・愉快な文明批評の古典的快作である。

--- 文庫本カバーより ---



声を出して笑ってしまう所があるかと思えば
めんどくさくなって
さらっと読み流してしまう所もあったりして
漱石さんごめんなさいって感じした。
なんせ昔の言葉とか言い回しとか
そういうのが理解できないし
漢字が多いし、、、
かといっていちいち注解を見ながら
読むのも疲れるしって感じだったので。


我輩君の最期は
ビール飲んで酔っ払って
大きな甕(かめ)の中に落ちて死んでしまうのだけど
最期のあがきの際に
「生」に執着しないところが良かった。
でも
もっと生きて人間観察をして欲しかったなぁ
とも思ったりもしました。
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