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***「ぶつぶつ」って10回言ってごらん 「つぶ」になるから***
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病気というものがこの世に無くて
それなのに
自分ひとりだけが病気になってしまって
泣いて苦しむのと違って
この地球上には
数え切れないほどの
色んな悲しい病気があって
もしも自分が元気な健康な体だとしても
どこかで誰かが病気になってしまって泣いている
そう思えば
そのどこかの誰かが自分だったってだけのことだと
思えば諦めもつく
つくけどだからしょうがないとは思ってない


万能細胞が娘の病気に何かしら
好転をもたらすかもしれないと
思うやさしい母がいる
しかしその治療で100パーセント治る保証がなければ
わたしはその賭けには乗らないだろう

なぜ?と聞かれても困る

そんなところでは
人間より動物に近いものが
自分の中にあるのかもしれないから

気休め程度の薬を飲み
愛しいうみぽんくうのそばに居る事が
何よりも大好きなことだから

だから100パーセントじゃなきゃダメのような気がする
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うみは
まだこんな事もやって日々楽しんでいます。

ちゃりんと音がすれば
頼まなくても拾ってくれるほど
こんな事が大好きなんです。

かぎばりをひろううみ。











はい、どうぞ。











日中まだ暑いさなかお出掛けするなぁな。
一時間ほどして玄関をのぞいても
まだご帰還ではない模様。
そこで窓を開け
「なぁな~ なぁな~」と呼ぶと
「あにゃにゃにゃ~ん(ただいま~)」と言いながら
どこからともなく走って帰ってくる。

あ~ なんて かわいいねこなんだろう♪

なぁな(くう)。











「我輩は猫である」の謎











『吾輩は猫である』は、謎に満ち満ちた作品である。
猫の吾輩はなぜ読心術を使えるのか、
苦沙弥先生はなぜ胃弱の健康オタクなのか、
奥さんはなぜハゲなのか―。
これらの謎解きを試みたとき、おなじみの名作は、思いがけなくもまったく新しい表情をみせた。
一見、瑣末とも思われる数多のエピソードに託された漱石の本音と心意気に光を当てた、
「漱石研究本」のイメージを覆す傑作オマージュ。

もっと動物的でありたいと思う時がある。

なるようにしかならなくていいと思う時がある。

でも

なるようにしてなってしまうのは

とーっても嫌な事だとも思ってる。









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